「サブスタックの先生」ができるまで。まさひろさんの“静かな情熱”を掘ってみた
「この爽やかな声の裏に、絶対いろいろあると思うんですよ」
そんな一言から、話は思わぬ方向へ転がっていきました。
今回のゲストは、まさひろさん。
noteで発信を続け、現在はSubstackでも初心者向けの情報を発信している人です。
表から見ていると、淡々と記事を書き、迷うことなくポジションを取り、気づけば「サブスタックの先生」として認知されていた。
でも、話を掘っていくと見えてきたのは、単なる「継続力がある人」ではありませんでした。
人見知りだった子ども時代。
俳優を目指した6年間。
結果が出ないまま続けたビジネス。
そこから抜け出せなくなった時期。
そして、noteとSubstackへ。
なぜ、まさひろさんはこれだけ挑戦を続けられるのか。
今回は、考えるヒゲこと「ヒゲ」が、その裏側を掘っていきます。
「どうなるか分からないなら、分かるまでやる」
ヒゲ:
まず簡単に自己紹介からお願いします。
まさひろ:
まさひろと申します。
岡山から上京して、今は東京で活動しています。
最初は俳優を目指していて、そこからいろいろあって起業を目指したり、Webライターをやったり、noteを書いたりして。
今年の4月20日からSubstackを始めました。
映画が好きなのもあって、挑戦する人生が好きなんですよね。
もう39歳になりますけど、新しいことにチャレンジしたいという気持ちは、子どもの頃から変わらないです。
ヒゲ:
僕がまさひろさんを知ったのも、Substackを始めた頃なんですよ。
当時って、まだみんな様子見だったじゃないですか。
でも、まさひろさんは途中から全然ブレなくなった。
まさひろ:
そうですね。
最初にSubstackで記事を書いたら、結構読まれたんです。
それで「これはSubstackに振り切ったほうがいいな」と思って。
noteでもSubstackの記事を書いて、SubstackでもSubstackの記事を書く。
5月の頭くらいから毎日やってましたね。
ヒゲ:
そこがすごいんですよ。
僕なんか途中で「ノウハウ系でいいのかな」と揺れたりしたんですけど、まさひろさんはほとんどブレなかった。
まさひろ:
ランキングを毎日見てたんですよ。
トップ10くらいを見ると、明らかにSubstackの攻略記事が多かった。
だったら、そこに振り切ろうと思いました。
ヒゲ:
サラッと言いますよね(笑)。
でも、僕から見たら「負ける気がない人の動き」に見えたんですよ。
まさひろ:
自信があったわけではないですよ。
ただ、Xで1万フォロワーいる人とか、noteで何千フォロワーいる人たちも、Substackではまだ同じくらいのところから始まっていた。
「スタートラインが同じなら、ここでは負けたくないな」と思いました。
他では負けてるんだから、ここまで負けてたまるかって(笑)。
ヒゲ:
出ましたね(笑)。
爽やかな声の裏にあるやつ。
でも、まさひろさんって、
「いけるかどうか分からないから、やらない」
じゃないんですよね。
「どうなるか分からないなら、分かるまでやる」。
そんな感じがするんです。
努力を「努力」だと思っていない
ヒゲ:
僕、もうひとつ思っていることがあるんですよ。
まさひろさんって、努力に対するハードルが低くないですか?
まさひろ:
あ、それはあると思います。
ヒゲ:
普通の人なら「結構頑張らないとできないな」と感じることを、割と普通にやるタイプというか。
朝活の話もそうですよね。
まさひろ:
ああ、ありましたね。
10年くらい前かな。
コミュニティの仲間で「朝7時にカフェに集まって読書しよう」って話になったんです。
最初はみんな来てたんですけど、気づいたらだんだん来なくなって。
最後は僕だけ読書してました(笑)。
ヒゲ:
みんな諦めるの早い(笑)。
でも、なんでまさひろさんは続けられたんですか?
まさひろ:
僕が強かったというより、言い出しっぺの人がずっと来てたんですよ。
その人を一人にしたくなかったんです。
せっかく「やろう」って言ったんだから応援したかった。
約束したから、僕もちゃんと起きようと思って。
ヒゲ:
ああ、なるほど。
継続力っていうより、そこに人がいるんですね。
まさひろ:
そうかもしれないですね。
まあ、その人も最終的には来なくなったんですけど(笑)。
ヒゲ:
いなくなったんかい(笑)。
でも、ここ結構大事だと思います。
まさひろさんが何かを続ける理由って、自分が勝ちたいだけじゃない。
誰かを応援したいとか、約束したからやるとか。
そういうものも結構強いんですね。
小学生の頃は、笑うことすら怖かった
話は、さらに過去へ。
「その継続力はどこから来たのか」を探していくと、意外な子ども時代が見えてきました。
ヒゲ:
今のまさひろさんからは全然想像できないんですけど、昔は人見知りだったんですよね。
まさひろ:
かなり人見知りでしたね。
小学校4年生くらいのとき、ほとんど友達がいなくて。
いじめられていたわけじゃないんですけど、目が大きいことをからかわれたことがあって。
「自分って気持ち悪いのかな」と思うようになったんです。
そのうち、
「こんな自分が笑ったら気持ち悪いんじゃないか」
と思って、笑うときも顔を隠すようになりました。
休み時間も、やることがないから寝たふりをしていましたね。
ヒゲ:
今からは全然考えられないですね。
まさひろ:
暗かったですよ。
そこから人との付き合い方も分からなくなって。
中学生になっても一人でいる時間が多かったです。
学校から帰ると、犬の散歩に1〜2時間くらい行ってました。
近くに山があったので、山の中腹から街をぼーっと眺めながら、ずっと将来のことを考えてたんですよ。
ヒゲ:
中学生で、そんなに将来を考えてたんですか。
まさひろ:
考えてましたね。
友達が少なかったから、考える時間だけはいっぱいあったんだと思います。
初めて「自分にも何かある」と思えた
そんなまさひろさんに、ひとつの転機が訪れます。
まさひろ:
中学3年のとき、美術の先生から言われたんですよ。
「まさひろ君は、美術なら学年トップ3に入るくらいの力があるからね」
って。
僕の中では、人から初めてちゃんと褒めてもらったような感覚だったんです。
「じゃあ、美術を伸ばせばいいのか」って。
映画も好きだったから、
「美術と映画を組み合わせたら何ができるんだろう」
と考えて、最初はCGをやろうと思いました。
ヒゲ:
そこで初めて、「自分にもできることがある」と思えた。
まさひろ:
そうですね。
そのあと東京のオープンキャンパスに行ったとき、先生から「俳優のほうがいいんじゃない?」と言われたんです。
その瞬間、
「なんで僕、今まで俳優になりたいって言えなかったんだろう」
と思って。
たぶん、自信がなかったんですよ。
まだ15歳なのに、もう人生を諦めかけてる。
「それって何なんだろう」って、すごく悔しくなったんです。
だったら一度きりの人生なんだから、思い切りチャレンジしよう。
それで俳優を目指し始めました。
ヒゲ:
いやあ……。
爽やかな裏側、想像以上に熱いですね。
6年間追いかけた俳優の夢
18歳で岡山から上京。
専門学校で2年間学び、その後もフリーで俳優活動を続けました。
映画への出演、舞台、劇団。
少しずつ前には進むものの、「俳優として食べていく」という場所には届きませんでした。
まさひろ:
毎年、
「来年こそは」
って思ってたんですよ。
でも気づいたら5年経っていた。
18歳の頃は、周りより一歩先に進んでいるつもりだったんです。
でも同級生たちは大学を卒業して、社会人になって、給料をもらい始める。
気づいたら、みんなに追い越されていました。
先も全然見えない。
そのタイミングで東日本大震災があって、一度人生を本気で考えたんです。
「あと1年やって変わらなかったらどうする?」
「同じ6年間をもう一度繰り返したら、30歳でフリーターになる」
それは違うなと思いました。
最後の1年だけ本気でやって、それでもダメなら辞めようと。
結果的に事務所には入れたんです。
でも、そこから大きく状況が変わることはなかった。
それで俳優を辞めました。
ヒゲ:
辞めるときは、完全に諦めたんですか?
まさひろ:
いや、「一回離れる」という感覚でした。
先に経済力をつけて、またやりたくなったら戻ればいいと思っていました。
「経済力をつけよう」から始まった長い遠回り
ところが、ここから人生はさらに大きく動きます。
まさひろ:
当時、音楽関係の知り合いができたんです。
その人から「好きなことをやり続けるためにも、まず経済力をつけたほうがいい」と言われて。
それは確かにそうだと思いました。
それで、その人について行った先がとあるビジネスだったんです。
ヒゲ:
おお……。
まさひろ:
僕も何も分からないまま始めました。
「1年くらいで結果を出して、経済力をつけて、それからまた俳優をやればいい」
くらいに思ってたんですよ。
でも、全然結果が出なかった。
そのうち周りの友達も離れていって、東京で付き合う人が、そのコミュニティの人ばかりになっていったんです。
そのビジネス自体は途中で辞めたんですけど、そのコミュニティからはなかなか離れられませんでした。
離れたら、全部なくなる気がしたから。
ヒゲ:
それは、かなり抜けづらいですね。
まさひろ:
だから「ここで結果を出すしかない」と思ってしまった。
お金もどんどん使いました。
当時は給料が20万円弱なのに、「自己投資が大事だ」と促され、毎月15万円くらい払っていた時期もあって。
当然、借金が増えていきました。
それでも、
「もっと稼げるようになれば払える」
と思って、会社員としての給料を上げることに力を入れたんです。
実際、払えるようにはなった。
でも、根本的には何も変わっていませんでした。
「10年やって結果が出ないって、国家プロジェクトかよ」
その状況を変えたのが、現在のパートナーとの出会いでした。
まさひろ:
僕は「まだ頑張りたい」と言ってたんです。
でもパートナーから、
「10年やって結果出てないんだったら、それ結果出ないよ」
って言われて。
さらに、
「10年かけて結果が出るって、国家プロジェクトかよ」
って(笑)。
ヒゲ:
確かに(笑)。
国を挙げるレベルじゃないと10年後に成果出ます、はなかなかない。
まさひろ:
僕自身も、薄々気づいていたんですよ。
「もしかして、これ違うんじゃないか」って。
そこに思いっきりぶつかってきてくれた。
それでやっと、目が覚めた感じがしました。
周りから人が離れていく中でも、パートナーはそばにいてくれた。
それで辞める決意ができたんです。
ヒゲ:
パートナーさんとの出会い、めちゃくちゃ大きいですね。
まさひろ:
本当に大きかったですね。
最後に残っていたのが「書くこと」だった
コミュニティを離れたあと。
まさひろさんの手元には、ひとつだけ積み上がっていたものがありました。
noteです。
まさひろ:
そのコミュニティにいた頃からnoteは書いていたんですよ。
しかも、コミュニティの中ではnoteの実績が一番あったんです。
だから、
「もしかしたらnoteを仕事にできるかもしれない」
と思いました。
でも、やり方が分からなかったので、まずWebライターを始めた。
2年くらいやったんですけど、AIもどんどん進化してきて、
「このままWebライターだけでやっていくのはまずいな」
と思うようになったんです。
そこで1年くらい前に、
「だったら、思い切ってnoteを仕事にしよう」
と決めました。
そこから、やっと人生が動き始めた感じがあります。
なぜ「サブスタックの先生」になれたのか
ここで、最初の話につながります。
Substackを始めたまさひろさんは、新しい場所でもひたすら試しました。
記事を書く。
反応を見る。
ランキングを見る。
初心者が何に困っているのかを見る。
そして、うまくいったら続ける。
違ったら変える。
ヒゲ:
今聞いて、全部つながりました。
まさひろさんって昔から、
「まず自分でやってみて、確かめる」
人なんですよね。
だからSubstackでも動けたんだ。
まさひろ:
そうですね。
今は近しい人にも、
「全部を信じないほうがいい」
って言っています。
自分で確かめて、検証する。
やってみて合っていたら続ければいいし、違っていたら変えればいい。
僕自身、道を間違えると本当に抜けられなくなる経験をしたので。
誰かが良い人に見えるからといって、100%信じてしまうと危ないこともある。
だから慎重にはなるんです。
でも同時に、困っている人がいたら助けたいとも思います。
ヒゲ:
だから最近の記事も、単なる「Substackの使い方」だけじゃないんですね。
その奥に、
「どう考えるか」
「どう判断するか」
という話が入っている。
まさひろ:
そうかもしれないですね。
自分がかなり下まで落ちた経験があるからこそ、伝えたいことはあります。
ただ、誰かを否定する言い方にはしたくない。
だから言葉はかなり考えますね。
「サブスタックの先生が、まさひろさんでよかった」
ヒゲ:
いや、今日話を聞いて思いました。
サブスタックの先生が、まさひろさんでよかったです。
まさひろ:
本当ですか?
ヒゲ:
これはマジで、そのまま突っ走ってほしい。
たぶん、まさひろさんって表ではそんなに強く言わないじゃないですか。
でも、内側にはかなり強いものがありますよね。
まさひろ:
ありますね。
なんか、ずる賢いやり方を見ると許せなかったりするんですよ。
でも、それをそのまま言うと誰かを攻撃することになる。
だから記事では、誰かを否定するんじゃなくて、
「こういうことを大事にしたほうがいいよ」
という形で書くようにしています。
ヒゲ:
それですよ。
静かな情熱がある。
まさひろ:
ああ、それはあります。ありますね。
継続力の正体は、「強さ」だけではなかった
話を聞く前は、まさひろさんを「継続できる人」だと思っていました。
毎日記事を書く。
伸びるテーマを見つけたら振り切る。
新しい場所にもすぐ飛び込む。
普通なら「努力」と呼びたくなる量を、当たり前のように続けていく。
でも、対談を終えて見えたものは少し違いました。
まさひろさんが続けられるのは、ただ忍耐力があるからではありません。
人との約束を大事にする。
一度決めたら、自分で確かめるまで動いてみる。
失敗した経験があるからこそ、誰かの言葉をそのまま正解にしない。
そして、自分と同じように道を間違えそうな人がいたら、できる範囲で伝えたいと思っている。
その積み重ねが、今の発信につながっています。
「サブスタックの先生」という肩書きだけを見ると、Substackを教えている人に見えるかもしれません。
でも、その奥にあるのは、
「誰かの正解を信じ切るのではなく、自分で試して、自分で考えて、自分の人生を選んでほしい」
という思いなのかもしれません。
派手に叫ぶわけではない。
誰かを強く否定するわけでもない。
それでも、言葉の奥には熱がある。
ヒゲさんが見つけた言葉を借りるなら、
それはきっと、
「静かな情熱」
なのだと思います。












