「クラちゃん」ことClassicismさんとコラボライブをしました。
クラちゃんは、儒学や哲学、古典教育などをテーマに発信している方です。
オンライン交流会で初めてお話ししたときから、
「なぜ、古典主義にたどり着いたんだろう?」
ということが、ずっと気になっていました。
そこで今回は、古典主義とはそもそも何なのか。そして、その考え方にたどり着くまでにどんな人生があったのか。
約1時間、じっくり聞いてみました。
ところが話してみると、古典の話だけでは終わりませんでした。
ヒップホップ、DJ、ゴルフ、転職、子育て、家族、そして「間違えること」について。
一見バラバラに見える話が、最後には不思議とひとつにつながっていったんです。
今回は、その対談を読みやすく編集してお届けします。
※会話の雰囲気を残しながら、読みやすいように相づちや重複表現などを一部整理しています。
そもそも「古典主義」って何ですか?
まさひろ:
まず聞きたかったんですけど、古典主義って何なんですか?
僕、本当に歴史を知らないので、初心者にも分かる感じでお願いします(笑)。
クラちゃん:
僕が考えている古典主義は、簡単に言うと、伝統的な日本の生活様式や教育に目を向け直そう、という考え方です。
ただ、「スマホを捨てよう」とか、テクノロジーを昔に戻そうという話ではないんですよ。
僕が特に大事だと思っているのは、江戸時代の寺子屋まで行われていたような教育です。
その中に「素読」というものがあります。
まさひろ:
素読?
初めて聞きました。
クラちゃん:
儒学の漢文などを、先生に続いて声に出して読むんです。
最初は意味が分からなくても、とにかく繰り返し読む。
そうすると、後から意味が分かったときに、言葉が自分の中に入ってくる。
僕は、そういう教育ってすごく大事なんじゃないかと思っているんです。
まさひろ:
面白いですね。
意味を全部理解してから覚えるんじゃなくて、先に体に入れておく感じなんですね。
クラちゃん:
そうですね。
儒学には「どう生きるか」「どう判断するか」という価値判断の土台になる考え方があります。
僕は、それを今の時代にもう一度取り入れる意味があるんじゃないかと思っています。
昔から哲学が好きだったわけではない
まさひろ:
クラちゃんは、昔からそういうことを考えていたんですか?
クラちゃん:
いや、全然です(笑)。
26歳で子どもができるまでは、本当に目先の楽しさで生きていました。
思考なんて、ほぼしていなかったと思います。
まさひろ:
意外です。
今のクラちゃんから、あまり想像できない。
クラちゃん:
好きなことには一生懸命でしたけどね。
釣りは小学校2年生くらいからずっとやっていましたし、ゴルフもやっていました。
まさひろ:
ゴルフも?
クラちゃん:
中学生くらいからやって、シングルプレーヤーくらいまでいきました。
まさひろ:
ちょっと待ってください。
情報量、多いですね(笑)。
クラちゃん:
スケボーもやりましたし、クラブイベントもやっていました。
まさひろ:
クラブイベント!?
今のアイコンを見ながら聞くと、ギャップがすごい(笑)。
クラちゃん:
ヒップホップが好きで、自分でイベントを企画していました。
300人くらい入る箱でやったこともあります。
音響のアルバイトもしていたので、音にもかなりこだわっていましたね。
まさひろ:
面白いなあ。
今の「古典主義」のイメージから、ヒップホップが全然つながらない(笑)。
クラちゃん:
でも、今振り返ると全部つながっているんですよ。
当時はいろんなことをやって、いい経験も悪い経験もしてきました。
転職も6回しています。
その経験があるから、今になって哲学の言葉を読んだときに、
「これ、自分の人生で経験してきたことだ」
と腹落ちすることがあるんです。
遠回りした人生が、哲学を理解する材料になった
まさひろ:
それ、すごく分かります。
僕も似ています。
映画が好きだったところから俳優を目指して、ダンスをやったり、デザインをやったり。
仕事も派遣などを含めれば20回くらい変わっています。
クラちゃん:
20回ですか(笑)。
まさひろ:
そうなんですよ。
僕も好奇心のままにいろんなことをやって、たくさん失敗してきました。
でも、今振り返ると、その経験があるから落ち着いた部分もあるんですよね。
何か問題が起きても、
「慌ててもしょうがない」
と思えるようになった。
クラちゃん:
それはありますよね。
僕も人生経験の中で、少しずつそうなったと思います。
まさひろ:
イベントを主催していたときもそうでした。
スポーツイベントをやっていたことがあるんですけど、主催者って、想定外のことが次々起こるんですよ。
「ベビーカーはどこに置けばいいんですか?」
とか。
「そこ考えてなかった!」
みたいな(笑)。
クラちゃん:
ありますよね。
毎回、想定の斜め上から何かが来ますから。
まさひろ:
そこで主催者が慌てたら、イベント自体が止まっちゃう。
だから、とりあえず受け止めて、その場で考えて、終わらせる。
そういう経験の積み重ねが、今の自分にもつながっている気がします。
クラちゃん:
そうなんですよ。
結局、「どうしよう」と言っている時間がないんですよね。
「どうやって終わらせるか」を考えるしかない。
僕は今、施工管理の仕事をしていますが、そこでも同じです。
細かい判断の連続ですから。
子どもができて「判断基準」が変わった
まさひろ:
クラちゃんは26歳で結婚したんですよね。
そこから結構変わりました?
クラちゃん:
変わりましたね。
子どもができると、世界の見え方が変わるんだと思います。
それまでは自分だけでよかった。
でも、親になると、自分の判断が子どもにも影響する。
まさひろ:
分かります。
僕も家族ができるまでは完全に自由でした。
でも家族ができてからは、「自由じゃなくなった」というより、ちゃんと選ぶようになった感覚があります。
クラちゃん:
判断基準が変わるんですよね。
それに、子どもを教育しているようで、実際には自分が教育されているところもあります。
一人で二人分の教育をすることになった
ここから、少し空気が変わりました。
クラちゃんは現在、高校2年生と中学2年生、2人のお子さんを育てるシングルファーザーです。
昨年、奥さまを亡くされています。
まさひろ:
聞いて大丈夫ならなんですけど、奥さまが亡くなられてから、相当大変だったんじゃないですか?
クラちゃん:
そうですね。
それまでは妻と二人で話し合いながら、子どもたちのことを考えていました。
でも、一人になって。
今まで二人でやっていた教育を、一人でやらなきゃいけない。
そこで、すごく責任を感じるようになったんです。
まさひろ:
それは、本当に大きいですよね。
二人なら、自分が間違っていたときに、もう一人が「それ違うんじゃない?」と言える。
でも一人だと、自分の判断がそのまま子どもに届いてしまう。
クラちゃん:
そうなんです。
だから、
「そもそも、自分が子どもたちに教えるための価値判断基準は正しいんだろうか?」
と考えるようになりました。
そこから、古典や儒学を学ぶ必要性を強く感じるようになったんです。
まさひろ:
なるほど。
今、やっと「なぜ古典主義なのか」がつながりました。
最初に聞いたときは、「古典が大事なんです」という部分だけだったから、
「なぜそこに行ったんだろう?」
と思っていたんですよ。
でも、子どもに何を伝えるかを本気で考えた結果だったんですね。
「言われたこと」ではなく「なぜ言われたか」を考える
クラちゃん:
子どもたちにも、なるべく感情だけで判断しないように伝えています。
僕が叱ったときも、
「言われたことに反応するんじゃなくて、なぜ言われたのかを考えてくれ」
と。
一段深く考えれば、感情だけで判断しにくくなると思うんです。
まさひろ:
それ、大人も同じですね。
指摘された瞬間って、どうしても「嫌だ」とか「腹が立つ」が先に来ますから。
クラちゃん:
そうなんです。
だから僕自身も、子どもたちから何か言われたときは、なるべく感情だけで受け取らないようにしています。
晩ご飯を食べながら、
「確かに、あれはお父さんが間違っていたかもしれないな」
と話すこともあります。
間違えることより「修正できないこと」のほうが問題
この話を聞いていて、個人的に一番印象に残ったのがここでした。
クラちゃん:
古典の考え方の中に、
「過ちは、修正できるなら過ちではない」
という考え方があるんです。
誰かに指摘されたとき、腹を立てて、そのまま変わらない。
そっちのほうが、本当の意味での過ちなんじゃないかと。
でも、
「確かに間違っていたな」
と修正して、次につなげられるなら、それでいい。
まさひろ:
めちゃくちゃ分かります。
僕もずっと、
「やってみて、ダメだったら変えればいい」
という考え方で動いてきたんですよ。
クラちゃん:
それも古典にある考え方と近いんです。
まず行動する。
行動して初めて具体的に見えてくるものがある。
知識は本から得られるけど、実際のイメージや思考は、行動しないと生まれない。
まさひろ:
面白いですね。
僕、古典を知らずにそれをやっていたってことですよね。
クラちゃん:
そういうことです(笑)。
まさひろ:
昔の人がすでに言ってたんだ。
ちょっと悔しい(笑)。
実際、クラちゃんは「行動してみて、そこから考える」という姿勢を、知行合一の考え方と重ねて話していました。さらに、間違いそのものより、指摘を受けても修正しないことを問題として捉えているそうです。
子育てにも「正解」はない
まさひろ:
僕も、この1年くらいで子どもと向き合う時間がかなり増えたんですよ。
僕の場合は、すでに子どもがいる家庭に後から入ったので、
「どこまで自分が言っていいんだろう」
という迷いがずっとあったんです。
だから最初は、何かあればパートナーに言ってもらって、僕はそばにいるようにしていました。
クラちゃん:
そこは難しいですよね。
まさひろ:
でも、子どもも成長してきて、勉強のこととか、家庭の中のいろいろな問題に、僕も入ったほうがいい場面が増えてきた。
思い切って入ってみたら、もちろん失敗もしました。
でも、ちゃんと話せば伝わるんですよね。
今は月に1回、家族会議もしています。
まだ何が正解なのかは分かりませんけど、向き合いながら探している途中です。
クラちゃん:
それでいいと思います。
教育だから絶対に間違えちゃいけない、とハードルを上げすぎると苦しくなります。
日常のことなので。
間違ったら修正する。
それを繰り返していけばいいと思うんです。
誰かの正解ではなく、自分で考えるようになった
クラちゃん:
まさひろさんも、この1年くらいで発信のスタイルが変わったんですよね?
まさひろ:
変わりました。
以前は、誰かが持っている「正解」を探していたんですよ。
「この方法が正しい」
「この人のやり方をやればうまくいく」
みたいな。
でも、なかなかうまくいかなかった。
そこから、自分で考えて仮説を立てて、やってみて、結果を見て、また変える。
このやり方に変えたら、少しずつ物事がうまく回るようになりました。
心にも余裕ができて、家庭とも向き合いやすくなった気がします。
クラちゃん:
その考え方は、僕が古典を読んで感じていることともすごくつながります。
今のまさひろさんは、noteやSubstackなど、いろいろな活動をひとつの世界観にまとめようとしていますよね。
それも、自分の中に判断基準ができてきたからだと思うんです。
まさひろ:
確かに。
昔は「何が正解なんだろう」と外を見ていたけど、今は自分で考えて実験することが増えましたね。
同じ本でも、読む時期によって刺さる場所が変わる
最後は、本の話になりました。
クラちゃん:
哲学書は、僕は紙で買うことが多いです。
まさひろ:
紙なんですね。
クラちゃん:
人生で何回も読むと思うからです。
付箋を貼りながら読むんですけど、数年後に読み返すと、反応する場所が変わるんですよ。
「あのときはここに付箋を貼っていたけど、今はこっちの言葉のほうが響くな」
みたいに。
まさひろ:
面白いですね。
本を読んでいるようで、自分の変化を読んでいる感じですね。
クラちゃん:
そうですね。
ライフステージが変わると、同じ文章でも意味が変わって見えるんですよ。
まさひろ:
クラちゃんのおすすめ本、今度教えてください。
1冊と言わず、2冊、3冊(笑)。
クラちゃん:
ぜひ(笑)。
クラちゃんは、哲学書を繰り返し読むからこそ紙で残し、付箋を貼る場所の変化から自分自身のライフステージの変化も感じていると話していました。
古典の話を聞いたはずなのに、最後は「生き方」の話になった
約1時間話してみて、最初に僕が持っていた「古典主義」のイメージは大きく変わりました。
最初は、
「昔のことを学ぶ人」
くらいに思っていたんです。
でもクラちゃんが古典を学ぶようになった背景には、
子どもに何を伝えるのか。
自分の判断基準は正しいのか。
感情だけで判断していないか。
間違ったときに修正できる自分でいられるか。
そんな、とても現実的な問いがありました。
そして面白かったのは、古典をほとんど知らない僕自身も、遠回りした人生の中で似たような答えにたどり着いていたことです。
まず、やってみる。
失敗する。
考える。
修正する。
また、やってみる。
僕は経験からそれを学び、クラちゃんは経験したことを古典の言葉と重ねながら理解している。
入口は違っても、行き着くところは意外と近いのかもしれません。
対談の最後、クラちゃんが、
「結局、まさひろさんへの質問が全然できませんでした」
と言っていました。
僕が質問しすぎたからです(笑)。
でも、そのおかげで僕自身、クラちゃんが何を考えていて、なぜ古典主義を発信しているのか、かなり理解できました。
そして何より、
古典って、思っていたよりずっと日常の話なのかもしれない。
そう思えた時間でした。
昔の人の言葉を覚えるためではなく、今日どう生きるかを考えるために学ぶ。
そう考えると、少し古典の見え方が変わりませんか?
僕もまずは、クラちゃんおすすめの本から読んでみようと思います。












